2023年3月4日に阪神競馬場で行われた福永祐一騎手の引退式を見てきました。
私にとっては2004年秋以来ずっと応援してきた「推しジョッキー」。
正直、当日まで「引退する」という実感はあまりなかったんですが、
引退式を実際に見て、また、そこでたくさんの人に見送られる祐一を見て、
本当に引退してしまったんだなぁ、と寂しい気持ちになりました。
この記事では、当日のメインレースでの誘導馬騎乗、そして引退式で撮った写真を紹介します。
この記事の目次
メインレースでは誘導馬に騎乗
この日は土曜日にもかかわらず、たくさんの人が阪神競馬場に来ていました。
入場者数はなんと前週比2.5倍!
そんな観衆の最初のお目当てはメインレースのチューリップ賞(G2)。
ここでは彼が誘導馬に騎乗して登場。
騎手免許は前週で失効しているものの、ここで「JRA最終騎乗」が実現しました。
停止命令がかかって、誘導馬に乗った祐一が登場!
正装しててかっこいい!!
騎乗馬は現役時代にも騎乗したことがあるミツバ。
祖母がゴールデンジャックという祐一にとっても思い入れのある血統馬で、彼自身がこの馬への騎乗を希望したそう。
緊張してるのがこっちにも伝わってくる(笑
後ろ姿が神々しい。
急ぎ足で本馬場入場へ。
既にたくさんの人が居ましたが、Z6IIのチルト式液晶も駆使しながらなんとか撮れました。
もう言葉はいらないよね…。
時折ミツバを気にかけながら。
いい位置で停まってくれた!
こっちを見つめ続けてくれるミツバ君。
そして祐一も!
場内から湧き上がる拍手に手を挙げて応える!
奇跡の瞬間の写真が撮れた!!!!!
もう思い残すことないっす…。
この写真、インスタでも投稿したらたくさんのいいねをいただきました。
最後にミツバを労う。
この時点で既に涙腺崩壊状態でした。
が、これは単なる序章に過ぎなかったという。
引退式にて
引退式は最終レース終了後、パドックで行われました。
…が。読みが甘く、パドックには既に入れない状態。
15時からパドック規制って、チューリップ賞の本馬場入場を見に行ったらダメだったってことでしょ??
それはないわー(愚痴
しょーがないので↓こんな場所から見ました。
音はあんまり聞こえないけど、ジャマするものがないので写真はよく撮れる。
というわけで、ここから望遠レンズで撮った引退式の写真をどうぞ。
コントレイルの勝負服を着た祐一が登場!
ステージに立ってインタビュー。
縦画像でも。
夕陽が彼を照らしていい感じに。
元柔道選手の野村忠宏さんや市川團十郎(元海老蔵)からのメッセージを見る。
北橋元調教師や前田オーナーが登場。
北橋元調教師から花束贈呈。
騎手仲間が登場。
落馬事故から復帰に向けて治療中の藤井勘一郎騎手もいます。
この日デビューの子もいるのかな?
いきなりこんな場に同席できるなんて貴重な経験ですよね。
騎手仲間をバックに花束贈呈。
まずは川田将雅騎手。
川田泣いてるやん…!
続いて、同期の和田竜二騎手から。
こちらも涙交じりのメッセージでした。
最後はもちろん武豊。
なんかね…自分より先に引退しちゃうなんて、ホント複雑な気持ちだろうな。
そして、サプライズでご両親が登場。
もう、この時点で涙腺大崩壊でした…。
祐一から洋一さんへ花束贈呈とか反則すぎて…。
もーダメです。
これ書いている今(注:2週間以上も後です)も思い出して泣けてくるぐらい(^^;
最後はみんなで記念撮影。
からの、胴上げ。
ミスチルの「終わりなき旅」がBGMで流れる中、退場。
ただでさえ涙腺崩壊してるときにこの曲はやめてくれ…。
歌詞が響きすぎるんですよ(^^;
当日のセレモニーの様子はJRAのYouTubeチャンネルで公開↓されています。
ファンの方は是非ハンカチを片手にご覧ください(って、そんなん言われんでもわかってるわい
福永祐一騎手引退にあたって〜なぜこんなに泣けたのか〜
以上、「騎手・福永祐一」の引退式の日の写真をたくさん紹介してみました。
それにしてもこの日はよく泣けました。
他人の引退でこんなに泣いたのは、プロ入り以来の大ファンだったイチローが引退した2019年3月21日以来です。
ただ、「イチローのときと同じぐらい泣けた」というのは自分でも意外で。
なんでこんなに泣けたんだろう?と考えてみたんですが、
それはやっぱり、自分にとって祐一ファンの歴史=松国厩舎ファンの歴史だからなのかな、と。
松国厩舎と共にあった「騎手・福永祐一」
冒頭で「2004年秋以来ずっと応援してきた」と書きましたが、
もう少し詳しく書くと、2004年の秋、ダイワエルシエーロで京阪杯(G3)を勝ってくれたことで自分は祐一の大ファンになりました。
その直前、その年のダービー馬・キングカメハメハが屈腱炎を発症して引退してしまい。
ネットを中心に猛烈な「マツクニ叩き」が横行する中、そんな風潮を某G誌上のコラムで諌めてくれたのが祐一でした。
「厩舎の努力を全然わかっていない」と。
そんな渦中に、エルシエーロを見事復活に導いてくれて、失意の厩舎に重賞タイトルをもたらしてくれて。
それ以来、自分の中で福永祐一は神となりました。
この2年後の2006年、
フサイチリシャールで阪神カップ(G2)を勝ってくれたときも死ぬほど嬉しかったなぁ…。
「松国厩舎時代の終焉」を改めて実感した
この日阪神競馬場で配られた「福永祐一騎手 引退メモリアルブック」(↑)によると、
祐一が挙げた厩舎別の勝利数で松国厩舎は4位タイの78勝。
上位3つが藤原英厩舎、北橋厩舎、瀬戸口厩舎なので、その数の多さがわかるかと思います。
それだけの勝利数を重ねられるぐらい、松国厩舎は数多くのレースを祐一とともにしてきました。
松国厩舎は2021年2月に既に解散していますが、
この頃はコロナ禍でファンは競馬場に入場すらできず、お別れの場も一切無し。
気持ちの区切りを付ける場が無いまま厩舎が解散してしまい、ファンとしてはとても寂しい思いをしていたのですが…。
今回、祐一の引退式を見届けたことでその区切りがようやく付いた気がしました。
「これで松国厩舎の時代も完全に終わったなぁ」、と。
だからあんなに泣けたんでしょうね…。
新たな調教師像の構築に期待!
世の中には、
「今もあれだけの成績を残しながら調教師に転身するのはもったいない」
という意見があります。
確かにそれも一理あるとは思いますし、
一(いち)ファンとしても、もっと「騎手・福永祐一」を見ていたかったのは確か。
ただ、彼自身が
「調教師としても成功したい」
という気持ちを持っているのであれば、転身するタイミングは早ければ早いほど良い。
ましてや調教師には定年があるわけですから。
同じ「国家資格で勝負する人間」としてそのその気持ちはよくわかるので、
個人的には引退も仕方ないかな、と納得しています。
彼には是非「新たな調教師像」を築いていって欲しいですし、
高野厩舎から浮気したくなるような(笑)魅力的な厩舎を作っていって欲しいです。
改めまして、数えきれないほどの熱いレースを届けていただき、ありがとうございました。
そして、素晴らしい実績を残しての無事の引退、本当におめでとうございます。
これからも応援しています!
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そんな意味でも、彼には感謝しきれません。